うなぎさんのブログ

書評を中心にブログを運営しています

「解き放たれていく私」を読んで何者にもなれなかったカスが泣いた話

自分のことさえも客観視できる宇多田ヒカルさんが『fantome 』を作って自分が解き放たれたと言った。それは自分を肯定するといったポジティブな光で、それを何気なく共感した何者にもなれなかった私は思わず涙した。

 

きっとこれが前からやりたいと思っていた「雑誌」の書評への解答と言っていいのだろう。自分と言った主観を世界に繋げようとする時、人はどうしても立ち止まってしまう。

 

 

 

自信なんて最初からないからだ

 

 

 

 

 

 なぜ雑誌を選ぶのか

 今までビジネス書の書評を書いてきて思ったことがある。それは情動的な一面をクローズアップして写し出したいということだ。本の書評の場合どうして主観というか「自分が思ったこと、評価するといったこと」が優先される。

 

雑誌の場合、こうやってブログを書いているのと同じ感覚で描かれているので、読んでいる人が「これいいなー」とか「いまいち」って感じで膨大な情報量の中から好きなことを選ぶことができる

 

 つまりは、自分がこれいいなーとかこれ好きだなーといったことをピックアップして、それを選んだ自分を紐付けして表現することができるからだ。

 

今回、switchを選択したのはswitchを以前定期的に購読したことと宇多田ヒカルに注目していたことが重なったこと。それと「これなら紹介(reviewを書く)しても大丈夫」といった根拠のない自信が持てたからだ

 

根拠のない自信、いや確信がきっと「解き放たれていく自分」なんだと思った。だから雑誌の書評を書いてみた。すごくシンプルな出来事だと思った。

 

 

宇多田ヒカル[解き放たれていく私]を読んで 

 宇多田ヒカルという人物は強い主体性や意志を持って音楽の世界の最前線を駆け抜けてきたといったimageを持っていたが、実は違った。

 

彼女は「宇多田ヒカル」という架空のプレイヤーを時代ごとのステージに音楽というツールを使って表現してきたのだ。これは宇多田ヒカルといった登場人物とそれを支えるチームと共に客観的に考え抜いて再現(表現)していたのだ。

 

そう、本当の自分という主観を抑えて、チームの勝利に貢献してきたのだ。それが『fantome』を機に、「自分というかけがえのない存在を大事にしていいんだ」といった自分を解き放つ、つまり主観を抑えなくていいといった観点に立てた。

 

これが大きな発見であり、私がswitchを読んで良かったと思った理由だ。つまり、これからの宇多田ヒカルが楽しみだということだ

 

 

パクチー

 

 あなたにとっての料理ってなんですか?

(もしあなたが料理をするならどうします)

 

 

パクチーノの制作を元に考えてみましょう

 


「パクチーノ」宇多田ヒカルさん監修!パクチー好きのあなたに♪

 

 

①料理をする人

②料理の指導をする人

③料理を提案する人

④料理を観察する人

⑤料理を食べる人

⑥料理を評論する人

 

・・

 

数えあげたらきりがないのです。それをベストな時間で最高のパフォーマンスに仕立てあげる(この画像だと料理を提案する人なのかな?)。

 

そして、どこをやりたいかがあなたに求められる最大の選択。選ぶために、そして成功に導くために客観性は重要だったのです。

 

 

 

 

 結び

 最後に私の主観を言って終わりたいと思います。

 

「宇多田好きならとる行動わかるやろ🔽🔽」

www.komugiko.org 

 

 

ぴぴっ、退場

 

・・・・調子乗りすぎました、さーせん。

 

 

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。